大学案内
沿革と歴史
「日本橋」が「柏」にあるわけ
日本橋学研究所 所長・日本橋学館大学 教授
五藤寿樹
五藤寿樹
日本橋学館大学は、明治22年12月に日本橋地域において安田善次郎(富士銀行[現:みずほ銀行]創立者)、三越得右衛門(三井家当主)らにより設立された日本橋区教育会が設立の母体です。この日本橋区教育会は、明治37年9月に日本橋女学校(後の日本橋高等女学校)の設置を決議し、明治38年から学校運営を開始することになります。この日本橋高等女学校(昭和22年からは日本橋女学館中・高等学校)は、大正4年2月に財団法人日本橋女学館が設立され独立することになりましたが、理事長には日本橋区長があたると規定されていたように、日本橋区と密接な関係にありました。
昭和15年2月、日本橋区議会は、柏の地に区民健康施設を設置することを決議しました。この時に本学にも使用権が与えられます。中央区(註)は、昭和26年に、この施設を中央区立柏学園としました。本学の最寄りのバス停が柏学園前となったのは、このことからです。現在でも中央区立の小中学生は必ずここを訪れ心身のトレーニングをしています。本学は、昭和62年に、この地に日本橋女学館短期大学を設置しました。そして、平成12年に、男女共学の4年制大学、日本橋学館大学を設置し、現在に至るわけです。柏の地に日本橋学館大学があるのは、このような歴史があったからです。
(注)日本橋区とは、明治時代につくられた現在の東京都中央区北側にあった区で、昭和22年に京橋区と統合して 東京都中央区となりました。
| 明治37年 | (社)日本橋区教育会に対し日本橋女学校 (本科定員140名、修業年限4年)設立認可 |
|---|---|
| 明治38年 | 日本橋蛎殻町第一幼稚園舎で開校式挙行 『質実穏健』の教育方針訓示 |
| 明治38年 | 5月1日、第一幼稚園舎で授業開始(創立記念日の起源) |
| 明治39年 | 高等女学校令に基づく私立日本橋高等女学校(4年制)に 組織変更認可 (時に東京府下の高等女学校は府立4校を含めて7校) |
| 明治43年 | 柳原川岸三号地元千代田小学校跡に移転 修業年限5年 定員400名に変更 |
| 大正4年 | 財団法人日本橋女学館設立認可 |
| 昭和12年 | 日本橋区市川学校園認可 |
| 昭和20年 | 空襲のため日本橋商業女学校廃止 |
| 昭和22年 | 学制の改革により私立日本橋女学館中学校となる |
| 昭和23年 | 私立日本橋女学館高等学校設置 私立日本橋女学館中学・高等学校と総称す |
| 昭和26年 | 財団法人日本橋女学館より学校法人に組織改変認可 |
| 昭和30年 | 創立50周年記念事業実施 |
| 昭和40年 | 創立60周年記念式典(秩父宮妃ご来臨) |
| 昭和54年 | 市川学校園研修センター (寄宿舎、テニスコート、グランド散水栓)完成 |
| 昭和61年 | 日本橋女学館短期大学設置認可 入学定員/秘書科100名・英語科100名 |
| 昭和62年 | 日本橋女学館短期大学開学(初代学長:角井 宏) |
| 平成7年 | 創立90周年記念式典 |
| 平成8年 | 海外留学提携校(レスブリッジ大学)と覚書調印 |
| 平成11年 | 日本橋学館大学設置認可 入学定員/人文経営学部人文経営学科250名 |
| 平成12年 | 日本橋学館大学開学(初代学長:小谷津孝明) |
| 平成12年 | 日本橋学館大学開学式、 日本橋学館大学第一回入学式 |
| 平成13年 | 日本橋女学館短期大学閉学 |
| 平成16年 | 日本橋学館大学人文経営学部を1学科(人文経営学科)から 3学科(人間関係学科、国際経営学科、文化芸術学科)へ組織改組 |
| 平成17年 | 創立100周年記念式典 |
| 平成18年 | 第二代学長:横山幸三 就任 |
| 平成21年 | 日本橋学館大学人文経営学部をリベラルアーツ学部に全面改組 (総合経営学科・人間心理学科・総合文化学科を設置) |