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平成21年度卒業式の学長式辞(平成22年3月19日)
「象徴的瞬間」
一瞬一瞬を真摯に受け止め、その一瞬の意味を自分の将来に活かせるように!

本日、ここに、平成21年度の卒業式を挙行するにあたり、関係各位を始め、ご臨席を賜りましたご来賓の方々、並びにご列席をいただきました保護者の皆様方に対しまして、衷心より厚くお礼を申し上げます。
日本橋学館大学・第7期卒業生162名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。この4年間色々とご苦労もあったかと思いますが、本日こうして無事に卒業式を迎えることができましたことは、何よりも喜ばしいことで、私は本学の教職員を代表して、卒業生の皆さんに対して心からのお祝いを申し上げる次第であります。
振り返ってみますと、皆さんは平成18年4月8日に一人ひとりが将来への夢を抱き、大学生活に対する期待に胸を大きくふくらませて、本学に入学してこられました。その日のことは、たまたま私の66歳の誕生日ということもあり、また、私が学長に就任して初めて迎えた入学式でもありましたので、今でも鮮明に記憶しております。ですから、皆さんと私とはいわば「同期の桜」ということになります。それだけに、本日の卒業式は私にとっても一入に感慨深いものがあります。
私はその折の「学長式辞」の中で、人生における様々な「出会い」ということを申し上げました。皆さんの一人ひとりが、これから4年の間に新しい友人との「出会い」、先生方や職員の方々との「出会い」、更には未知の学問との「出会い」など、皆さんの人生を左右するような「出会い」が沢山待ち受けているであろうと申し上げました。いかがでしたでしょうか?
私が「出会い」の大切さということを申し上げましたのには、一つの理由がありました。それは、私自身が身をもって体験したことに基づいております。私の場合、学生時代は部活動とアルバイトに明け暮れて、お恥ずかしいながらもすれすれで卒業にこぎつけたというような、文字通りの劣等生でした。その中で、唯一頑張れたのは「卒業論文」でした。
私が取り上げたのは、あるイギリスの小説家が提示した「象徴的瞬間」というテーマでした。人生には、様々な「出会い」というものがあるが、その「出会い」の対象が人間の場合もあれば、出来事の場合もある。そして、その「出会い」をどのように受け止めるかによって、その人の人生が決定されるというものであります。その「出会い」の瞬間を、自分でどのように意義付けることができるか、そして、そのことの意味をどのように自分の人生に活かせるかという問題であります。いわば、「出会いの弁証法」とも言うべき考え方であり、思想であります。人生の「象徴的瞬間」は、誰にでも訪れます。しかしながら、その瞬間を的確に捉えることができないと、二度と訪れることはありません。また、その瞬間が訪れた時に、何よりも大切なのは、「内省」ということです。つまり、物事の本質をどれだけ深く考察できるかという問題であります。
大学は、昔から「最高学府」と称されてきました。最高の学問と最先端の知識を身につけて、大学を卒業し、実社会に出るわけであります。これからまた、沢山の「出会い」が皆さんを待ち受けていることでしょう。その折に、私の言う「象徴的瞬間」という言葉を思い出していただきたい。今後の人生において、一瞬一瞬を真摯に受け止め、そして、その一瞬の意味を自分の将来に活かせるようにしていただきたいと思います。
以上を、私のささやかな「はなむけの言葉」とさせていただきます。
4年前の入学式において私が皆さんに申し上げたことの一つは、本学の掲げる<建学の精神>としての「質実穏健」という言葉でありました。1号館の玄関を入りますと、正面に大きな額が掲げられております。そこには、「質実穏健」という文字が書かれております。これは、本来であれば本日もご臨席いただけるはずであった法人理事であり、高名な書家の森本妙子先生にご揮毫いただいたものであります。誠に残念なことですが、先生は去る2月25日にご逝去されました。行年87歳とお聞きしております。ここに亡き先生を偲びつつ、私ども教職員はこの<建学の精神>である「質実穏健」という言葉を、これまで以上に大切にしてゆきたいと思っております。
卒業生となる皆さんにも私からこの機会に特にお願いしておきますが、社会に巣立ってからも、本学の<建学の精神>である「質実穏健」という言葉を忘れずに、日常生活の中で実践していただきたいと思います。
そこで、改めてこの「質実穏健」という言葉を分析してみますと、初めの「質実」は、人の暮らしや行動に派手さがなく内容が堅実であること。すなわち、「質実」な生活を支えるための実学の伝承及び社会人としての基礎力の育成を目指しています。「穏」は、心の有り様が「穏」やか安らかなことです。「穏」やかな精神を育む、バランスの取れた幅広い教養と感性の教育を目指しています。「健」は、体が伸びて元気なこと、すなわち、身体が丈夫なことです。「健」やかな肉体、及び活力ある個性を育てることを目指しています。
従って、「質実穏健」であるということは、「心技体」が揃って優れた状態にあることを指します。社会に適応できる技能と豊かな精神を持った人材、すなわち、「人間力」を備えた人材を育成することを本学が目指していることは、皆さん、ご承知の通りです。
以上のことから、私はこの「質実穏健」という<建学の精神>は、「心・技・体」という三つの要素、すなわち、「三位一体」を目指しているバランスのよくとれた「人生訓」であり、「理想的な人間像」を示唆していると考えております。従いまして、卒業生の皆さんもその理想が実現できるように、今後の人生において、一人ひとり頑張っていただきたいと思う次第であります。
もう一つ、皆さんの入学式で申し上げたことは、「初心忘るべからず」という世阿弥元清という方の残された有名な言葉です。『風姿花伝』という書物があって、その中で「初心の花」ということを言っております。何事も初めが肝心である。初めが良ければ、すべて良い結果に繋がるものであるという教訓です。また、「初心貫徹」せよということでもあります。皆さんの場合は、「初心を貫徹されて」、無事に卒業できたということになると思います。
この言葉とは正反対に、イギリスの劇作家であるウィリアム・シェイクスピアは、『終わり良ければ、すべて良し』という作品を書いております。英語では、All's Well That Ends Wellと言い、諺にもなっております。日本語で表現すれば、「有終の美」ということになるでしょうか。
卒業ということは、この「有終の美」を見事に飾ったということでもありますから、皆さんは堂々と胸を張って、社会に巣立っていただきたいと思うのであります。しかしながら、皆さんを取り巻く環境はいつの時代にも増して厳しいものがあります。皆さんの中には、無事に就職や進学ができた方ばかりでなく、卒業後も就職・進学活動を余儀なくされている方も少なくないとの報告も受けております。どうぞ「これまで先生方から教えていただいた学問を基盤にして、また友人たちとの出会いや付き合いのなかから得た数々の教訓を生かして、今後も、自信と勇気とを持って世の中で活躍してくださること」を教職員一同ともに、心から期待しまた陰ながら応援しております。そして、困った時には母校に戻って、先生方に相談していただきたい。また、職員の皆さんにも心の悩みなどを素直に打ち明けていただきたい。日本橋学館大学は、今後も皆さんの「心の故郷」であり続けたいと思っております。
最後になりますが、本学・第7期の卒業生である162名の皆さんが、本日の卒業を契機として「学則」にも謳ってありますように、今後、「単に日本国内にとどまらずに広く世界の各地へと羽ばたいて、人類の幸福と世界平和の実現のために、大いに貢献されます」ようにと祈念して、私の「式辞」といたします。
平成22年3月19日
日本橋学館大学
学長 横 山 幸 三